ブログトップ
まちなか発掘隊が行く! 『河内屋』 竪町通り 編
e0187286_126390.jpgまちなか発掘隊
河内屋さんにお邪魔しました。
老舗呉服店の3代目 気さくな店主にお話を伺いました。



大正7年の 紋帳 現役で使っています現役です。
e0187286_1272226.jpge0187286_1273049.jpg
e0187286_1283715.jpge0187286_1284872.jpg

e0187286_1293356.jpg 呉服につきものの家紋
紋帳を参考にしながら
着物の袖や方に 紋を入れるわけです。


e0187286_12104288.jpg家紋の数は数知れず
と言いながらいろいろな決まりごとがあるわけで勝手に決めていいものでありません

菊の紋章のところには
「謹みて濫りに持ちふるべからず」の注意書きが。



「 裏の蔵を捜せば色々あると思うんだけど、とてもとても」
一大決心をしなければ整理が出来ない様子。
さすが竪町。戦後間もなくまでは前橋のメインストリート。蔵のあるお店が沢山あります。
国道を整えることですっかり様相が変わってしまいましたが、逆に裏手側には手つかずで残っている土地があったりするわけです。


『河内屋』さんは竪町の「のれんのあるお店」
竪町のホームページに
***********
明治・大正・昭和・平成と永きに渡りお客様のご要望を第一に考え信用と満足をお売りすることを考えてきました。
「暖簾のあるお店」しとてこれからもお客様に気に入って頂けますよう努力して参ります。**************
とあるように
e0187286_1213214.jpg 店前、店中に「かねじゅういち」の暖簾がはためきます。


老舗問屋街である竪町通り
大正時代には11もの呉服店が軒を並べていたそうです。
今では河内屋さんは最後のお店となってしまいました。

昔は呉服店とはいえ、布モノ全般を扱っていました。
そこから商品が売れていくに従ってある店は布団屋になり、雑貨屋になりとお店が独立していき発展していったといいます。

『河内屋』さんは明治末期に今より少し北側。厩橋を渡ったところ細ケ沢の地に開業。
呉服から太物、綿反、布ものいろいろを取り扱っていました。
大正時代に現在の竪町の地に移ってまいりまして現在で3代目。
問屋街であった当時の竪町。戦中くらいまでは土蔵の店だったそうで
蔵の中で営業していたといった風情だったそうです。


やはりここでも戦災の被害に会い、多くのモノが焼失してしまいましたが。河内屋さん奇跡的に残ったものが多かったといいます。
と申しますのも、B29焼夷弾の被害にあったこの町で、被害から免れてお店に戻ってきた人たちが蔵の扉を開けるとまだ熱がこもっていた室内に空気が入り込んで、くすぶっていた火が忽ち炎となり中のモノが燃え上がります。
それを見ていた店主は、しばらくそのままで1週間ほど置いておき、蔵の周りに水を入れた入れ物を張り巡らして静かに扉を少し開けると中から冷たい空気が流れてきたので、これは大丈夫だと扉を開け、無事に中のモノが残ったとのことです。



『呉服処 河内屋』
e0187286_12211728.jpg
住 所 前橋市千代田町三丁目-1-14
T E L 027-231-2247
F A X 027-231-2247    
業種 呉服・和装小物・洋装品
[PR]
by shunkou_hasuike | 2010-09-07 12:23 | 前橋まちなか博物館 | Comments(0)
<< 『ヤギカフェ』の9月はじめの新... 千代田町3丁目「民謡教室」にお... >>